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パタミュージック
「ジャンル」
・ポップス
・フュージョン
・エレクトロニカ
・現代音楽
「こんな人におすすめ」
・現代音楽に触れてみたいと思っているけど、あんまり難しいのは、、、と思っている方
・未来を感じるポップスを聞いてみたい方
・エレクトロニカが好きな方
・YMOが好きな方
・クラシックとポップスの在り方に疑問を覚えている方
「リリース日」
2018年11月21日
「作曲者」
網守 将平(あみもり しょうへい)
東京芸術大学の作曲学科を卒業した現代音楽界のホープの一人、網守将平氏の出した二枚目のアルバムがこの「パタミュージック」である。
全十一曲、それぞれが全くの別物のようでいて、実はしっかりと関連性を持っているという奇妙な構造をとっているこのアルバムは、網守氏の「一体何が音楽なのか」「(他人との)共有だけが音楽なのか」「みんな、音楽聞いてる?」という疑問から「まだ音楽は存在しないのではないか」というコンセプトを打ち出し生み出されている。
上記に無粋にもこんな人におすすめと書いてはいるが、是非ジャンルを問わずいろんな方に「音楽とは」という前提を捨てて聞いてほしい。
※以下から個人的な主観を大いに含んだ文章となります。曲に対する捉え方というのは千差万別なので、あくまで一意見としてご覧ください。
1「Climb Downhill 1」(インスト)
一曲目からすでに奇妙な音楽。下り坂を登るというタイトルもどこかシュールである。
この曲の大きな特徴は何と言っても常に変化(加速)し続けるテンポである。
無限音階というものが存在するが、この曲はそれをテンポにそのまま当てはめてしまったかのような構造である。
まさにテンポの実験場。
音楽の趣旨を簡潔に伝える約二分弱の導入の後、YMOの音楽を彷彿とさせるシンセと木琴のキャッチーなメロディが入り、そのすぐ後にチェロが対比のように息の長い旋律を奏でる。
土台が変わり者過ぎるために面食らうがその上に乗る音楽は実は至ってシンプルであり、慣れてしまえば心地良い浮遊感を味わう事ができるだろう。
2 「デカダン・ユートピア」(ポップス?)
一曲目と比較してポップス寄りではあるがやはり実験的。
歌唱は網守氏本人であり他の歌を伴う楽曲にも通じる事だが、わざと上手すぎない歌唱にしたとのこと。
デカダンというのはデカダンス(虚無的、退廃的な傾向や生活態度)のことだと思われる。
歌詞の内容はそのタイトルの通り日常の中のどこか気の抜けた感じ、怠けっぽさを演出している。
中盤に差し込まれるラップのようなパートでは「西南東」のような会話の意図が伝わらない言葉や、意味のあると思われる文章をわざときこえにくく演出して(音源だけでは本当に聞き取れない)その直後に「聞こえる?」とはっきりと聞かせるなど、どこかユーモラス。
その後のラップも全体的に意味がわかるようなわからないような絶妙なラインで作られていて、楽器としての声の模索を感じられる。
前半のポップス部分が戻ってきて長い後奏の後に曲が締められるが、この実験的ともポップス的とも取れる曖昧な音楽は一曲目と三曲目をつなげる役割を持っている。
3「いまといつまでも」(ポップス)
ここまできてやっとポップスらしい楽曲が現れる。
歌詞の内容は音楽について何かを言っている?程度のものにしか聞こえないが、しかし、網守氏のコンセプトと合わせて聞くとどこか意味深にも聞こえなくはない(?)
構造は日本のポップスの構造によく見られる「Aメロ、Bメロ、サビ」×2+「Cメロ、間奏(エレキギター)、ラスサビ」となっている。しかし、後ろのオケはエレクトロニカの音色が中心で曲全体としては無機質な印象を受ける。
歌詞と音楽の関連性も見逃せない。
「右から左へ」と歌われているときは右から左へと声が流れて行き、「目力、歯ぎしり」と歌われるときは歯ぎしりっぽい音が鳴る。
後に現れる同じくポップスの系譜である「偶然の惑星」はこの曲とはある種、対の関係にある。
4「ReCircle」(インスト)
これまでエレクトロニカが主体となってきたが、今度はエレピと弦楽重奏という風変わりな構成の楽曲の登場により大きく裏切られる。
エモーショナルな映画音楽風の楽曲であるが、網守氏の前作「sonasile」の第一曲と近いものを感じる。この話題は「sonasile」を紹介するときに書こうと思う。
このアルバム内ではデカダン・ユートピアと同じく次曲への連結の意味合いが強い。
取って付けたような後奏で閉じられるが、このアルバム内ではごく自然のように感じられる。
5「ajabollamente」(インスト)
網守氏が15歳の時に作曲したピアノ連弾曲のリアレンジ。
アルバム全体の中ではもっとも聞き馴染みやすいメロディが用いられており、人によっては民族音楽風にも感じられるだろう。
器楽と電子音響が見事に楽曲を彩っており、メロディの繰り返しが目立つが初めから最後まで飽きないように仕上がっている。
個人的にこのアルバムの中で一番よかったと思った曲は何かと調べた時は、この楽曲が堂々の一位だった。
(インタビューでは作曲者本人は不服のようだったが、ゲーム音楽が好きな方におすすめな一曲である)
6「Climb Downhill 2」(現代音楽)
前曲で油断した次の瞬間、強烈な電子音が鳴り響く。初見の方は必ずビビるであろう曲の切り替わりである。
第一曲目と同じ名前だが、内容は打って変わってちゃんと現代音楽(電子音楽)であり、駆け上って行くような音と刻みの音が対位法のように全体を支配する。人によってはYMOの「BGM」の最後の来るべきものを思い出す人がいるかもしれない。
二つの音は上昇と降下を繰り返し、次第にゆっくりになって最後にはうなるような低音で曲を締める。
ここからこのアルバムは後半戦へと突入する。
7「ビエンナーレ」(インスト)
ビエンナーレとは一年おきに開催される美術展覧会の事であり、もともとはイタリア語で「二年に一度」という意味である。(残念ながら、なぜこのようなタイトルが付けられているかは今のところ不明)
ノイズのような短い導入から今度はEDM調にも感じられる音楽が始まる。
アルバムの中で唯一の起伏が抑えられた楽曲であり、イルカの鳴き声かのような音が心地よい。
次の曲を予見させるかのようなメロディが現れ曲は締められるが、一つの解釈として、これから9曲目までを一つの大きな流れとして捉えることもできる。
8「偶然の惑星」(ポップス)
アルバムの中でも一番と言ってもいいほどの明るい曲。自分がこのアルバムを知るきっかけとなった曲である。
これまでの流れからみると異質なほどポップだが、見方によれば「いまといつまでも」以上に奇妙な音楽であったりする。
何も考えずにぼーっと聞くと違和感はないが、実はこの曲のAメロとBメロは変拍子になっている。
(10+8+9+7拍子と12+6+5+4+4+4拍子)
極めてキャッチーに聞こえるこの曲の拍子が一番ややこしいのはなんと皮肉的。
歌詞の内容はあるようで無いような、日常の光景を文章に書き出して切り貼りしたような文章である。しかし、どこか晴れやかな印象を受けるのは音楽の影響だろうか。個人的にはこの点が「いまといつまでも」と対照的に聞こえる。(歌詞が音楽に影響を及ぼしている⇄音楽が歌詞に影響を及ぼしている)
捉えどころの無い歌詞世界だが「街路樹の夢を見よう」と、こういうセンスは個人的に結構好き。
二回目サビ後の間奏で流れるノイズのような音や打楽器(?)のメロディーは後に意外な形で出現するので覚えておこう。
この曲は公式にてPVも出されている。
この音楽の世界を忠実に表現した秀逸な映像作品なので、ぜひ見ておこう。
9「Washer」(エレクトロニカ)
「偶然の惑星」からアタッカ(組曲形式の音楽などで、曲間を空けずに続けて演奏するクラシックの手法の名前)で始まるこの曲は前作の「sonasile」を彷彿とさせるような電子音響音楽である。
Recircleと同じような役割を持つが、偶然の惑星の後奏とも取れる。
10「蝙蝠フェンス」(フュージョン)
全十一曲のアルバムだが、個人的な感覚としてはこの曲でアルバムはフィナーレを迎える。
曲の中で印象的なのは何と言っても英語の歌唱と尺八だろう。
ジャズバラードを基調としながら今までずっとメインだったエレクトロニカは補助程度に置かれ、尺八とフルートの音が極々自然に同席し音楽を彩る。
他のポップス系の曲と比較するとどうしても地味な印象があるが、ここまで通しで聞いてきた人ならそれまで違うものとして扱われてきたエレクトロニカと器楽がついに一つとなって成熟した音楽になっていることに気づくだろう。「ajabollamente」の進化系とも捉えることができる。
これにておしまい、と穏やかにフェードアウトする。
11「パタ」(現代音楽)
蝙蝠フェンスをフィナーレとしたら、この曲は後書きのようなものであり、そしてここにて扱われる素材は実は別曲に使われた音を再構成したものである。
わかりやすいのは「偶然の惑星」の間奏部、Climb Downhill 2の上昇する音、ビエンナーレのイルカの鳴き声のような音だろう。
小説の最後の伏線回収のようにこれまでに聞いてきた音が現れたり消えたりしながら、途切れるかのようにこのアルバムは終わりを迎える。
東京芸術大学国際芸術創造研究科教授の毛利嘉孝氏はこのアルバムに対して「宇宙人が〈音楽のようなもの〉を作ろうとしている」と評している。
実に言い得て妙である。
2020年5月29日
参考
毛利嘉孝氏によるアルバム解説
https://www.noble-label.net/catalog/?ja&code=NBL-225
網守将平と音楽問答。我々は「音楽そのもの」を聴いているのか?
https://www.cinra.net/interview/201811-amimorishohei
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